人生どうでも飯田橋

日々感じたことを綴ります

街頭募金に感じる罪悪感

皆さんは下記のような経験をしたことがないだろうか。

 

街を歩いていると(郊外の駅近くのことが多い)「募金をお願いします」と外国人から声をかけられ、なにか首から下げた身分証明書のようなものと、今まで募金した人が署名した手帳のようなものを見せられる。

 

気になって調べてみたら、たいていの場合彼らはフィリピン人であり、集まった寄付金は彼らの生活費に消えるらしい。

つまり詐欺である。

彼らのすべてが100%詐欺なのかは知らないが、そういう行為をはたらいている奴がいることは事実なようだ。

 

私が初めて遭遇したのは去年の暮れ、静岡の沼津駅であった。

 

確かにうさん臭くはあったが、身分証明書があるならいかがわしいものではないだろうと思い、少額ながら寄付した。

 

それを生活費にされるとは……(^ω^U)

あのフィリピン人の姉ちゃん可愛い顔して……

 

それ以降、私は駅前でフィリピン人に話しかけられても無視するようになった。

 

震災のあとも募金詐欺が横行していたらしい。

私が覚えているニュースだと、募金箱から取り出した金でジュースを買ったところを目撃されたおっさんが逮捕されたというのがあった。

 

募金というのは尊い行為であると同時に、募金している人の前を素通りすることに引け目を感じるのは私だけだろうか。

 

人から言われてやるものでもないのだが。

 

震災の直後、私は新卒で就活中だった。

2012卒だったは私たちは震災の影響が最初に直撃する世代であり、血眼になり就職先を探していた。

3年に上がる前の春休みにインターン、就活解禁が3年の10月。

当時は実に大学生活の半分近くを就活に費やするスケジュールが組まれていた。

さらには経団連の定めた開始時期を守らないクソ企業によって、さらに前倒しされるケースもあった。

そんな中、震災の影響で志望企業が2社3社と新卒採用を中止していく。

ただでさえ少ない持ち駒が削り取られていった。

 

駅前には大学生のウェーイ系集団が募金を呼びかける声が常に響いていた。

 

東日本大震災によって被災された方に、募金をお願いしまーす!」

「お願いしまーす!!!!」

 

その前を素通りするたびに私は自分に言い聞かせた。

「助けてほしいのはこっちのほうだ」と。

私だって何回かコンビニで余ったお釣りを募金箱に入れたりしたことはあった。

もうやるだけのことはやった。

 

しかし、私は目を疑う光景を目にした。

 

その日も私は就活で都心のどこかを歩いていた。

信号が赤だったので、歩道橋を使うことにした。

 

その日もどこからか「募金をお願いしまーす!」の声が響いていた。

 

私は歩道橋の上から階段を見下ろした。

吐き気がした。

そこには、歩道橋の階段の終点の脇に4〜5人ずつ大学生が立ち、声を張り上げていた。

全員が首から募金箱をぶら下げていた。

 

◯         ◯ <募金をお願いしまーす!

◯         ◯ <募金をお願いしまーす!

◯         ◯ <募金をお願いしまーす!

◯         ◯ <募金をお願いしまーす!

   |歩 |

   |道 |

   |橋 |

 

 

私は無表情で、募金集団の花道を通り抜けた。

 

きっと彼らは、どうすれば募金を多く集められるかを議論したに違いない。

そして歩道橋の脇に陣取り、花道を作るという結論に至った。

彼らを非難するつもりは毛頭ない。

しかし彼らを見て回れ右していく人もいた。

 

募金は罪悪感を拭うためにするものでも、人から強制されてやるものでもない。

 

おやすみプンプン」の南条さんは言った。

 

「募金箱の前を素通りするだけで悪人のような気分にさせられるお前らが正常だとでも? どっちがおかしいのかよく考えろ」

 

それにしても沼津にいたフィリピン人の姉ちゃんはかわいかった……(^ω^U)

 

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